壮絶な演技で過酷な心情を描き出す木村多江に圧倒される!映画「ぐるりのこと。」
2023.11.30(木)
強面で裏世界にいそうな雰囲気を漂わせていたり、爽やかで清純な役が似合ったり。俳優それぞれに個性があり、それぞれにハマる役柄がある中で、「薄幸な役が似合う」とされてきた女優が木村多江だ。
木村自身も「若い頃は、儚げですぐに死んでしまうような役柄を演じることが多かった」と語っているが、ここ数年はさまざまな役柄に挑戦し、"薄幸系"とは違った一面も見える。2019年に放送されたミステリードラマ「あなたの番です」での怪演や、NHKの大河ドラマ「どうする家康」での好演などは、多くの視聴者の印象に残っていることだろう。
そんな木村が、子供を失った女性の苦しみを渾身の演技でスクリーンに描き出した映画が2008年公開の「ぐるりのこと。」だ。木村は主人公の女性・佐藤翔子を演じ、その夫・カナオをリリー・フランキーが演じている。
(C)2008『ぐるりのこと。』プロデューサーズ
本作の舞台は1990年代。翔子は学生時代に知り会ったカナオと結婚し、現在は出版社に務めている。夫のカナオはバイトをしながら日本画家を目指しているが、しっかりした性格の翔子とは対象的にマイペースな性格だ。
ストーリー序盤の翔子は、会社の同僚と足裏マッサージを受けながら、「夜の生活は週3回」といった話をケラケラ笑ってするような屈託のない女性。家でのカナオとのシーンでも、2人のリアルなやり取りが本当の夫婦のようで微笑ましく映る。この時、翔子は新しい命を身体に宿していて、実家の家族との会食の帰りにお腹の赤ん坊が「動いた」といって目を細めて喜ぶ横顔からは、温かな幸せに包まれていることが伝わってくる。
(C)2008『ぐるりのこと。』プロデューサーズ
しかし、時が経ち――2人が暮らす部屋には、白木の位牌が置かれていた。2人が望んだ新しい命が失われてしまった時を境に、翔子の様子が少しずつおかしくなっていく。会社では鳴っている電話も取らず、机にこぼしたお茶で無心に何かを書いていたり、家では洗濯物を畳む手を止め、目に涙をためて位牌を見たり。いわゆるうつ状態だが、それを表現する木村の演技は壮絶と言うほかない。
引っ越しの後に友人と家で酒を飲むシーンでは、突然現れたクモを殺そうとする友人たちを絶叫して止め、「家グモはいいものなんだから殺さないで」と早口で口走ったり、産婦人科を訪れたシーンでは呼吸をしているのか心配になるほど影が薄く感じられたり。会社が開催したイベントで心の糸が切れ、書店の中をさまようシーンなどは、コントロールできない何かが翔子の心の中で膨れ上がっている様子が手に取るように伝わってくる。
そんな翔子の救いとなったのは、夫のカナオの存在だった。カナオは子供のように泣きじゃくる翔子に寄り添い、優しい声で言葉をかけ、あくまで翔子と一緒にいようとする。このシーンは2人の想いと心に響くセリフが散りばめられた名シーンで、最後の「クモのお墓」のセリフはふざけているように聞こえるが、翔子に心から寄り添おうとしているカナオの気持ちが十二分に現れているように思う。
温かな幸せから重苦しいうつ状態、そして回復まで、落差のある翔子の心の状態を痛いほどに伝えてくる木村の演技力には圧倒されるばかりだし、それを支えるカナオを演じたリリーの演技にも心を打たれる。もっと言えば、仲睦まじい2人は本当の夫婦のように見え、共に苦しみを乗り越えてゆく姿もまた、心が繋がった本当の夫婦のようだった。
木村は本作で第32回日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を始め、数々の映画賞を受賞している。その演技力はもちろん、「薄幸な役が似合う」と言われていた木村が温かな時間の中で見せる笑顔を、本作でじっくりと楽しんでほしい。
文=堀慎二郎
放送情報【スカパー!】
ぐるりのこと。
放送日時:2023年12月10日(日)18:00~
「ぐるりのこと。」製作15周年記念 木村多江×リリー・フランキー×橋口亮輔 特別座談会
放送日時:2023年12月29日(金)19:45~
チャンネル:衛星劇場
※放送スケジュールは変更になる場合がございます
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