浜辺美波演じる、運命に抗う少女の姿にハッとさせられる『約束のネバーランド』からの爽快なメッセージ
2023.8.30(水)

■マンガ界におけるダーク・ファンタジーの金字塔
週刊少年ジャンプで連載されていた作品ではめずらしく、主人公が少年ではなく「少女」。少年マンガの主流である王道バトル展開とは少々異なる、複雑な頭脳戦や心理戦を駆使した予測不能なストーリー。そして、幅広い世代の胸に訴えかける深いテーマ性。原作コミックの連載当初から読者を熱狂させ、アニメシリーズも人気を博した「約束のネバーランド」、通称「約ネバ」は、今やマンガ界におけるダーク・ファンタジーの金字塔的存在だ。
浜辺美波主演で製作された実写映画『約束のネバーランド』(2020年)は、原作の魅力であるスリリングなサスペンス要素と感動的な人間ドラマの融合はもちろんのこと、どこかヨーロッパ的な香りが漂う美しい世界観を映像化するという難題に正面から挑んでいる。
森に囲まれた孤児院、グレイス=フィールドハウス。そこで暮らす子どもたちは、本当のママのように慕うイザベラ(北川景子)と一緒に幸せに暮らしていた。施設で最年長の子どもは、エマ(浜辺美波)、ノーマン(板垣李光人)、レイ(城桧吏)の3人。ある日、エマとノーマンは、楽園だと信じていたハウスが、実は恐ろしい鬼に献上する「食用児」を育てる農園で、イザベラは最上級の家畜を育てる飼育監だという衝撃の事実を知ってしまう。彼らはレイを仲間に加え、子どもたち全員を引き連れた脱獄計画をスタートさせるのだが...。
原作者の白井カイウにとって、初めての連載作品であり、作画担当の出水ぽすかにとっても初の週刊連載作品だった「約ネバ」は、2016年から2020年まで週刊少年ジャンプで連載され、全181話、単行本全20巻で完結。2017年に第63回小学館漫画賞 少年向け部門受賞、「このマンガがすごい! 2018」オトコ編1位などに加え、海外でも高い評価を獲得した。世界累計発行部数4100万部突破(2022年8月時点)の大ヒット作となっている。
実写映画化を手掛けたのは、同じくコミック原作の『僕だけがいない街』(2016年)でもタッグを組んだ平川雄一朗監督と脚本の後藤法子。制作当初は、まだ原作の連載が続いているタイミングだったこともあり、最終的に5部構成になった壮大な物語のうち、単行本1~5巻の第1部にあたる「GFハウス脱獄編」を基に1本の長編映画を作り上げた。

(C)白井カイウ・出水ぽすか/集英社 (C)2020映画「約束のネバーランド」製作委員会
物語全体を動かす原動力といえるキャラクター、主人公のエマ役に抜擢されたのは、もとより原作の大ファンだったという浜辺美波。エマの大切な2人の仲間、ノーマン役を板垣李光人、レイ役を城桧吏が演じている。原作では、ハウスの子どもたちは12歳になるまでに「出荷」されるため、最年長のエマたち3人が11歳だったのに対し、映画版ではその年齢が16歳に引き上げられた。ここが映画化にあたって、原作からの一番大きな変更ポイントだ。
年齢が非常に重要なキーになっている物語なので、年齢を変えることは賭けだったはずだが、原作のエマ、ノーマン、レイの3人は揃って、頭脳も運動能力も異様に飛び抜けている天才児という設定。他の子どもたちとは明らかに違う「特別感」を体現できる俳優を、原作どおりの年齢に近い子役から3人も見つけるのはハードルが高かったのではないだろうか。同い年の3人のキャラクターに、あえて年齢がバラバラのキャストを配し、年齢云々より、各キャラの個性を強調する方向をとっている。
また、彼らを取り巻く大人たち、孤児の母親代わりでありながら、実は鬼の冷酷な配下だったイザベラ役に北川景子。子どもたちを見張る補佐役として呼ばれたシスター・クローネ役に渡辺直美。エマたちの前に立ちはだかる、美しくて怖いイザベラの圧倒的なオーラといい、大柄で一つ一つの動きも大きいクローネのコミカルなニュアンスといい、北川と渡辺は見た目、演技共に、まさに原作のイメージどおりのキャスティングである。
■愛情が、子どもたちの勇気や自立心を育むという皮肉

(C)白井カイウ・出水ぽすか/集英社 (C)2020映画「約束のネバーランド」製作委員会
映画版だけのオリジナル要素としては、原作で「GFハウス脱獄編」の後に登場する謎の男(=ピーター・ラートリー)を、『ツナグ』(2012年)や『耳をすませば』(2022年)など平川監督作品に多く出演する松坂桃李が演じている。イザベラの上司で、原作では顔が描かれなかったグランマ役に大女優・三田佳子が扮し、すごみのある貫禄を見せつけるのも注目だ。
ハウスの子どもたちが身につけている真っ白な制服や、様々な人種の子どもたちのヘアスタイルなど、キャラクターのビジュアルも細部にいたるまで原作にとことん忠実。特にエマの活発な性格を表す、頭の上についた、くるんと飛び跳ねたような触角風の巻き毛までしっかり再現されている様子には思わずにんまりしてしまう。
すべての出来事がハウスの敷地内で起こる物語ゆえに、ハウスの建物や、ハウスの前に広がる雄大な森もまた、本作にとっては大切なキャラクターだ。海外ファンタジーに出てくるような美しいハウスの外観は、国指定重要文化財でもある福島県の洋館、天鏡閣。子どもたちが鬼ごっこを繰り広げる奥深い森は、長野県の入笠高原牧場がロケ地になっている。
原作に忠実な作品であればあるほど、数少ないオリジナルの演出には制作側の深い意図が込められているもの。本作でいえば、クライマックスのエマとイザベラの対峙シーンがそれにあたる。原作にはなかったけれど、きっと誰もが心の底では観たいと思っていたシーンを映画版でエモーショナルに描き切ってくれたのがうれしい。

(C)白井カイウ・出水ぽすか/集英社 (C)2020映画「約束のネバーランド」製作委員会
柵や門、塀に囲まれた閉鎖的なハウスの空間を、子どもにとっての「家庭」とするならば、エマとイザベラの関係性は、成長して自由を求め、外の世界に飛び出したいと願う子と、我が子を危険が待ち受ける外の世界ではなく、安全な手元に置いておきたいと思う母の関係になぞらえることができるかもしれない。
そもそも、エマたちが賢く、行動力のある、心優しい子どもに育ったのは、イザベラが彼らにたっぷりと愛情を注ぎ、のびのびと健全に育ててきたおかげ。その行動には、鬼が最も欲するのが、より発達した人間の脳だから、という残酷な理由があったにせよ、美味しい脳を作るためにやってきたことすべてが、結果的に、エマたちの勇気や自立心を育むことにつながっていった――という皮肉がピリリと効いている。
「死」から決して逃れられない人間は、生きている間も、理不尽な環境や運命に対して、ついあきらめてしまいがちだ。〇〇ガチャという言葉が生まれたように、これは自分の力ではどうしようもない運命なのだから仕方ないと、自分の運命を呪いつつも現実を受け入れたほうが、抗うよりもずっとラク。だからこそ、エマの「世界は変えられない。変えられないなら、作ればいい!」という言葉にハッとさせられる。自分の人生は運命によって決定づけられてしまうと思い込んでいる人たちに、本作が贈る爽快なメッセージだ。
文=石塚圭子
石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、様々な世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。
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