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圧倒的な存在感と温もりが魅力の阿部寛!異なる2つの刑事役から卓越した演技力をひも解く

2023.6.7(水)

阿部寛の魅力を2つの刑事役からひも解く(『祈りの幕が下りる時』)
阿部寛の魅力を2つの刑事役からひも解く(『祈りの幕が下りる時』)

圧倒的な存在感と温もりを伴う絶対的な安心感。阿部寛はそこにいるだけで、そんな印象を観る者に与える。本人の人柄から来るものなのか、包容力を感じさせる大きな身体の印象から来るものなのかわからないが、その存在感と安心感は同年代の俳優の中でもトップクラスだし、硬軟多彩な多くの主演作で輝きを放っている活躍を見れば、映画界もそんな阿部のキャラクターに絶大な信頼を置いているのがよくわかる。

テレビドラマをバージョンアップさせた『トリック劇場版』シリーズ(2002~14年)で人気を爆発させると、その後は途切れることなく話題作に出演。中谷美紀とW主演した『自虐の詩』(2007年)、竹内結子とW主演の『チーム・バチスタの栄光』(2008年)などのエンターテインメント作品で注目を集める一方、実話をベースにした『バルトの楽園』(2006年)やタイ映画の『チョコレート・ファイター』(2008年)にも出演。さらに、『歩いても 歩いても』(2008年)、『奇跡』(2011年)、『海よりもまだ深く』(2016年)といった3本の是枝裕和監督の作品で、阿部は自然体の確かな演技を自分のものに。孤高の天才クライマー・羽生丈二を迫真の芝居で体現した『エヴェレスト 神々の山嶺』(2016年)の彼に魅了された人も多いに違いない。

■「新参者」の主人公、加賀恭一郎の深淵が見える劇場版2作

そんな阿部の現時点での代表作と当たり役を考えた時に、多くの人が『テルマエ・ロマエ』シリーズ(2012年、2014年)で演じたローマ人、ルシウス・モデストゥスと共に思い浮かべるのが、『麒麟の翼~劇場版・新参者~』(2012年)と『祈りの幕が下りる時』(2018年)で扮した刑事・加賀恭一郎だろう。

この2作は東野圭吾の人気ミステリー「加賀恭一郎シリーズ」を原作とした人気ドラマ「新参者」の劇場版で、阿部はその連続ドラマと2本のスペシャルドラマ「赤い指」、「眠りの森」でも加賀を演じていた。

『麒麟の翼~劇場版・新参者~』は、東京・日本橋にある麒麟像の前で、胸にナイフを刺された男性(中井貴一)の死体が発見されるところから始まる。映画はそこから被害者の長男(松坂桃李)、事件後の逃走劇の途中で事故死してしまう容疑者(三浦貴大)とその恋人(新垣結衣)、加賀と彼の病床の父(山﨑努)の物語が重層的に絡み合う複雑な展開を見せるが、本作でもほかのエピソード同様、加賀がどこで事件の真相に気づくのか?が、繊細な阿部の「気づき」の芝居と共に大きな見どころになっている。

と同時に、あの鋭い眼力で「殺されてもしかたのない人間なんていない。私はそう信じて刑事をしています」という阿部の力強いセリフにはこれまで同様の説得力があるし、彼とまだ20代前半の松坂桃李が繰り広げる演技バトルは何度観ても心揺さぶられる(ちなみに、阿部との直接的な芝居の絡みはないが、まだ子どもっぽさが残る山﨑賢人、菅田将暉も出演している)。

人気ドラマ「新参者」シリーズの劇場版第1作『麒麟の翼~劇場版・新参者~』
人気ドラマ「新参者」シリーズの劇場版第1作『麒麟の翼~劇場版・新参者~』

(C) 2012 映画「麒麟の翼」製作委員会

それでいて、捜査会議の席で所轄の刑事の加賀が、警視庁捜査一課のキャリアである従兄弟の刑事・松宮脩平(溝端淳平)の背中を孫の手でくすぐって発言させるシーンでは、阿部のいたずらっ子のような笑顔が張り詰めた空気を氷解。加賀のユーモラスで人間味溢れる一面もちゃんと印象づけていたから、彼の人間性に自然と惹かれてしまうのだ。

従兄弟でキャリア組の刑事・松宮を演じた溝端とのかけ合いも魅力(『麒麟の翼~劇場版・新参者~』)
従兄弟でキャリア組の刑事・松宮を演じた溝端とのかけ合いも魅力(『麒麟の翼~劇場版・新参者~』)

(C) 2012 映画「麒麟の翼」製作委員会

『祈りの幕が下りる時』は、阿部が当たり役の加賀に最後に息を吹き込んだシリーズの完結編。東京都葛飾区のアパートで滋賀県在住の女性の絞殺死体が発見されるが、アパートの住人は姿を消し、その女性が殺された理由もわからぬまま捜査は難航。やがて、捜査線上に人気舞台演出家の浅居博美(松嶋菜々子)の名前が浮上するが...。

本作では浅居の狂おしい半生を描きながら、これまで明かされることのなかった加賀の過去が描かれるのが大きなポイント。加賀の母親は彼が幼い時になぜ失踪したのか?加賀と父親の確執の原因は?加賀が自ら希望して日本橋の所轄の刑事になった理由とは?そんな数々の謎が、実は古い知り合いだった浅居の嘘を暴いていく過程で解き明かされ、劇中の加賀の「いつもと違う。心が乱れる。死んだおふくろが絡んでいるから」という言葉そのままに、阿部が初めて見せるような歪んだ表情で加賀の隠しきれない動揺を印象づける。

松嶋菜々子が加賀の過去をひも解くうえでも重要な人物を演じる『祈りの幕が下りる時』
松嶋菜々子が加賀の過去をひも解くうえでも重要な人物を演じる『祈りの幕が下りる時』

(C)2018 映画『祈りの幕が下りる時』製作委員会

さらに、「(容疑者として浮上した)あの男に、おふくろが惚れたと思いたくなかった。バカ息子だからな」とか「いい歳をして強烈なマザコンだ」といったこれまでの加賀からは考えられないセリフもポンポン飛び出すが、阿部はそれらも大きな瞳を揺らしながら生々しく響かせるから、観ている私たちも心をかき乱される。

それでいて、「まだ調べていないのは俺か!?(事件の)鍵は俺なのか?そう仮定して推理してみよう」といったところから始まるラストへ向けての表情とセリフ、芝居の強度は圧倒的だから、ぐいぐい引き込まれてしまうのだ。それは人の気持ちを表現する繊細な芝居と、数々のエンターテインメント作品で培った魅せる芝居、両者のスキルを併せ持つ阿部ならではの圧巻のパフォーマンス!浅居を演じた松嶋と対峙するクライマックス、加賀が自身が表紙の剣道雑誌を抱き締める終盤のシーンでは、8年にわたってこの役を演じてきた阿部のすべてが凝縮されていて見逃せない。

8年にわたって加賀を演じた阿部の一つの到達点となった(『祈りの幕が下りる時』)
8年にわたって加賀を演じた阿部の一つの到達点となった(『祈りの幕が下りる時』)

(C)2018 映画『祈りの幕が下りる時』製作委員会

■喪失感を抱える震災被害者としての苦悩も体現した『護られなかった者たちへ』

2021年の『護られなかった者たちへ』でも阿部は宮城県警の刑事・苫篠誠一郎を演じたが、この役は「新参者」シリーズである境地に達した彼が、さらなるステージに挑んだ野心的な産物だと言ってもいいかもしれない。

中山七里の同名ミステリーを『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017年)の主演・佐藤健と瀬々敬久監督の再タッグで映画化した本作は、東日本大震災から10年目、宮城県の都市部で全身を縛られた状態で餓死させられた陰惨な連続殺人事件が起こるところから始まる。被害者はいずれも善人で人格者。人の恨みを買うような人たちではなかった。やがて捜査線上に、知人を助けるために放火、傷害事件を起こし最近まで服役していた元模範囚の利根泰久(佐藤)が浮かび上がる。だが、決定的な証拠はつかめず、やがて第3の事件が起きてしまう。

東日本大震災に翻弄され、苦しむ人々を映しだし、社会に渦巻く問題にも焦点を当てる『護られなかった者たちへ』
東日本大震災に翻弄され、苦しむ人々を映しだし、社会に渦巻く問題にも焦点を当てる『護られなかった者たちへ』

(C)2021 映画「護られなかった者たちへ」製作委員会

本作は単なる犯人探しのミステリーではなく、東日本大震災の被害にあった複雑な事情を抱える東北の人々のドラマを通して、いつまで経っても改善されないこの国のおかしなシステムと、それに甘んじている人たちの問題を炙り出していく。

そして、事件を追う苫篠もまた、映画やドラマが描くような正義に燃える刑事ではなく、東日本大震災で最愛の家族を失い、今なお喪失感に包まれているような人物だ。阿部は彼の深い傷や痛みを大きな身体に滲ませながら体現。そんな苫篠が、連続餓死殺人事件の容疑者として追われる孤独な青年・利根が抱える哀しみを知った時、事件の真相に直面した時にどんな行動を取るのか?それこそが本作の最大の見どころであり、そこでは利根に扮した佐藤もとんでもない迫真の演技で迫ってくるから、阿部自身も自分がどんな芝居をするのかを体感したかったに違いない。

苫篠誠一郎の深い傷や痛みを阿部がリアルに体現する(『護られなかった者たちへ』)
苫篠誠一郎の深い傷や痛みを阿部がリアルに体現する(『護られなかった者たちへ』)

(C)2021 映画「護られなかった者たちへ」製作委員会

しかし、この役も本人にとっては通過点に過ぎないだろう。変幻自在に、いつも私たちの想像の上を行く魅力的なキャラを繰り出してくる阿部寛。映画での彼の次なる一手を早く見たいものだ。

文=イソガイマサト

イソガイマサト●映画ライター。独自の輝きを放つ新進女優、ユニークな感性と世界観、映像表現を持つ未知の才能の発見に至福の喜びを感じている。「DVD & 動画配信でーた」「J Movie Magazine」「スカパー! TVガイド」「ぴあアプリ」「MOVIE WALKER PRESS」や劇場パンフレットなどで執筆。映画やカルチャー以外の趣味は酒(特に日本酒)と食、旅と温泉めぐり。

放送情報

エヴェレスト 神々の山嶺
放送日時:2023年6月28日(水)10:45~
バルトの楽園
放送日時:2023年6月22日(木)4:00~
チャンネル:WOWOWシネマ

エヴェレスト 神々の山嶺
放送日時:2023年6月13日(火)5:20~
バルトの楽園
放送日時:2023年6月26日(月)17:15~
チャンネル:WOWOWプライム

護られなかった者たちへ
放送日時:2023年7月2日(日)20:30~
チャンネル:チャンネルNECO

麒麟の翼~劇場版・新参者~
放送日時:2023年6月10日(土)21:00~、15日(木)13:00~
祈りの幕が下りる時
放送日時:2023年6月10日(土)23:15~、15日(木)15:30~
チャンネル:WOWOWプラス 映画・ドラマ・スポーツ・音楽

※放送スケジュールは変更になる場合があります