野口五郎の主演映画「季節風」で見る「アイドル歌手」という存在
2023.5.26(金)
「アイドル」や「歌手」という言葉は現在でも使われているのに、「アイドル歌手」という言葉が使われなくなったのはなぜだろうか? (少々暴論ではあるが)それはひとえに「アイドル歌手」と呼ばれるに値する人物が出て来なくなったからだ。芸能界で「アイドル」は「アイドル」、「歌手」は「歌手」といったかたちで、それとなくすみ分けができてきたという背景もあるだろうが、それを差し引いてもやはり昭和の「アイドル歌手」と呼ばれていた人たちは、その言葉にふさわしい輝きと現実離れした多くの才能を有していたと思う。その「アイドル歌手」たる所以を感じられるのが、映画「季節風」(1977年)の野口五郎だ。
野口は1971年に「博多みれん」で演歌歌手としてデビュー後、2曲目の「青いリンゴ」からポップス歌手に転向して一躍有名になる。若い女性ファンの人気を獲得し、同時期に人気を博していた郷ひろみ、西城秀樹と共に「新御三家」と称される。1972年には「第23回NHK紅白歌合戦」に当時として最年少で出場を果たし、1975年には「私鉄沿線」で第8回日本有線大賞・グランプリ、第17回日本レコード大賞・歌唱賞、第6回日本歌謡大賞・放送音楽賞など、多くの音楽賞を受賞。一方で、バラエティー番組「カックラキン大放送!!」(1975~1986年、日本テレビ系)にレギュラー出演し、幅広い世代からの人気を得る。
(C)1977 松竹株式会社
人気絶頂の中、演技にも挑戦し、同作は初主演画「再会」(1975年)に続く主演作の第2弾。歌が好きな若者が将来に迷いながら上京し、再会した知人男性とその妹、偶然知り合った女性モデルとの心の交流を描いたもの。浪人生の高村慎次(野口)は、ある日進路を巡って父親代わりの腹違いの兄とケンカし、売り言葉に買い言葉で家出する。その直後、CM撮影を終えて帰京するモデル・白川圭子(宇佐美恵子)と出会い、彼女と共に東京に行き、旧知の山本健(田中邦衛)を頼ることに。健の妹・美紀(大竹しのぶ)とも再会した慎次は、健の部屋で居候をさせてもらいながら、スナックでボーイとして働き始める。そんなある日、閉店後に弾き語りをする慎次の歌をマスターが気に入り、翌日から客前で歌うことに。数日後、慎次は店にやって来た圭子に「一曲作ってほしい」と頼まれる。
野口は進路に悩みながら、社会の厳しさや働くことの大変さ、親しい人の死など、さまざまな経験を経て大人になっていく青年を瑞々しく表現。甘いルックスに加え、若さゆえの世間知らずな感じや子供っぽさを存分に出しつつ、大都会東京で懸命に生きていく姿を披露する野口に、どれほどの若い女性たちが心を掴まれたことだろう。演技においても、思春期のもやもやした心情や厳しい環境で生きていく中で成長する心を繊細に描いており、その多才さに驚かされる。中でも、本業である歌を歌うシーンは絶品。圧倒的な歌唱力が役の心情や場面とリンクし、筆舌に尽くしがたいシーンとなっている。ルックスはいい、演技もできる、しかし基盤は歌手。多くの才能を有しながらも、歌ってこそその真価が表れるのだ。
若手俳優の主演作としても全く見劣りしないクオリティの高い作品であるが、そんな中でも野口の「アイドル歌手」たる所以を、ぜひ堪能してほしい。
文=原田健
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