スーパースター・ジュリーこと沢田研二が大正ロマンを代表する画家・竹久夢二を演じた映画「夢二」
2023.5.5(金)
スーパースターの名を欲しいままにした"ジュリー"こと沢田研二が大正から昭和にかけて多くの美人画を残した画家・竹久夢二を演じたのが1991年に公開された映画「夢二」だ。監督は「映画に理屈は不要だ」という信念を貫き、独自の色彩感覚、映像美で多くのクリエイターに影響を与えた鈴木清順。中でも「ツィゴイネルワイゼン」、「陽炎座」、「夢二」は大正浪漫三部作と位置づけられ、語り継がれている。監督がモチーフにした竹久夢二といえば独学で絵を学び、憂いのある美人画が「夢二式美人」と呼ばれた大正ロマンを象徴する画家。没後90年経った今も愛されている夢二は詩人でもあり、多くの女性と浮名を流したことでも知られた存在であった。その女性たちとのロマンスに焦点を当てたのが本作であり、夢二の最愛の人であり、若くして肺の病に倒れた彦乃や、夢二の絵から抜け出したような美人と評されたお葉など実在の人物が登場。エピソードはフィクションとして描かれているが、紙風船(映画の中に何度も出てくる)のようにふわふわとどこかに飛んでいってしまいそうな沢田演じる夢二と関わりを持つ女性たちもまた魅力的な存在として艶やかに描かれている。
■沢田研二が芸術家、竹久夢二を軽やかに演じる
幕開けから夢なのか現なのか観る人を鈴木清順の幽玄の世界に引き込む本作。夢二(沢田)は町を歩いていても「竹久夢二さんだわ」と大人気。しかし、そんなことは気にする素振りもなく、頭の中を占めているのは胸を患っている女性、彦乃(宮崎ますみ)と駆け落ちすることだった。先に行って金沢の湖畔で落ち合うことになっていたのだが、彦乃は現れず、夢二は殺人鬼・鬼松(長谷川和彦)に殺されたらしい脇屋(原田芳雄)の遺体を黄色いボートに乗り、湖で探している巴代(毬谷友子)と出会い、その美しさに惹かれていく。新聞で夢二の記事を読んだと巴代に言われ、「女たらし、変態、色魔(と書かれていた)でしょ?」と笑って返す夢二は、喜怒哀楽の感情がめまぐるしく変わる男。女性の膝の上で突然、泣き出したり、突然、大声を出したり、仮そめのカフェ"宵待草"でゼンマイ仕掛けの人形のようにおどけて踊ったりと全く落ち着きがない。芸術家ゆえの苦悩を思わせる場面もあるが、感じるままに筆をとり、インスピレーションで言葉を紡ぎ出し、今を生きる夢二を沢田研二が艶やかに時にコミカルに演じている。
■鈴木清順の強烈な世界観に負けないオーラを放つ
生前、監督は「沢田研二さんからはいわゆる、いい男ぶりを見せてもらった」とコメントしていたが、湖の黄色いボートにひとりで横たわるシーンや派手な和装姿で町をゆくシーンなど、鮮やかな色彩、衝撃的な映像に負けない存在感、オーラを放つジュリーだからこそ、ある意味、ぶっ飛んだ夢二を演じられたのではないかと思う。沢田研二は1979年に大ヒットシングル「カサブランカ・ダンディー」をリリース。俳優、ハンフリー・ボガードをモチーフにした曲の中で、"あんたの時代はよかった"と歌っていたが、自由奔放で呑気な面も持つ夢二の生き方も大正ロマンの時代だからこそなのかもしれない。なお、彦乃からの手紙を持って金沢を訪ねてくるお葉を演じたのは広田レオナ。稲村御舟という画家を坂東玉三郎が演じている。事件の真相を含め、全編にわたって夢なのか現実に起きたことなのか、境目がわからない。その退廃美にどっぷりつかれる映画だ。
文=山本弘子
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