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声優初挑戦の萩原利久×古川琴音が語る、声だけで表現する難しさ 『花緑青が明ける日に』で得た手応えと発見

2026.3.11(水)

『花緑青が明ける日に』で声優初挑戦を果たした萩原利久と古川琴音
『花緑青が明ける日に』で声優初挑戦を果たした萩原利久と古川琴音

日本画家・四宮義俊が原作・脚本・監督を担う長編アニメーション映画『花緑青が明ける日に』が、全国にて絶賛上映中だ。萩原利久と古川琴音が声優に初挑戦しダブル主演を務め、フランスの気鋭スタジオMiyu Productionsとの日仏共同製作として完成させた本作は、第76回ベルリン国際映画祭コンペティション部門への正式出品も果たすなど、国内外で注目を集めている。

物語の舞台は、老舗の花火工場。再開発による立ち退きを前に、失踪した父が遺した"幻の花火"を完成させようとする青年・敬太郎と、故郷に戻ってきた幼なじみ・カオルの再会を軸に、止まっていた時間と想いが少しずつ動き出していく。

今回は初めて声優に挑んだ萩原と古川に、マイク前で直面した難しさと、その先に見えた新たな気づきについて語ってもらった。

――今回、声優初挑戦となりましたが、実際に声だけで演じてみていかがでしたか?

萩原「率直に、ものすごく難しかったです。実写で芝居をさせていただくのとは勝手も違いますし、そもそもマイクしかない空間で演じる機会ってほとんどないんです。想像以上に難しかったのは、リップシンクや尺に合わせていくこと。実写だと、極限まで余計なことを排除して、ないものにする感覚で演じることも多いのですが、今回はそうはいかない環境でした。やれることが減った分、逆にそういう外側の要素がいつも以上に気になってしまって、正直、手応えはなくて......。ただ挑戦としてはずっとやってみたかったので、難しかったけれどすごくいい経験になりましたし、終わったあとにまた機会があったらやってみたいと思えたのは大きかったです」

古川「私も想像以上に難しかったです。例えばこの秒数にこのセリフを収めるといった尺の感覚や、絵を見て初めて分かるキャラクター同士の距離感を意識して表現しなければならないですし、普段の台本なら、間を空けること自体が表現の一つになることもあるのに、自分で"間"を作れないのがすごく大変でした。すでに組み上がっているテンポの中に、自分の声を乗せていく感覚で、最初は掴めませんでした。本当は1日で収録を終える予定だったのですが、最初はまったく手も足も出なくて......。別日に改めてチャレンジさせてもらったんです。そのときは萩原さんと同じブースで収録する機会もあって、同じ空間に誰かがいるだけで、やりやすさが全然違いました」

『花緑青が明ける日に』での声優初挑戦を振り返る萩原利久、古川琴音
『花緑青が明ける日に』での声優初挑戦を振り返る萩原利久、古川琴音

――初挑戦にあたって、何か準備されたことはありますか?

萩原「準備したい気持ちはありました(笑)。でも、経験がないと何を、どう準備すればいいのかが分からなくて。台本はもちろん読み込みましたし、役作りという点では普段の芝居と遠くはないと思うんですけど、技術的な部分は......やっているようで、何もできていなかったのかな、という感覚もあります」

――今回を経て、何か掴めた感覚は?

萩原「"こういう流れで録っていくんだ"という大まかな土台は体験できたので、次に機会があれば、初めましての緊張は少し減るかもしれないなとは思いました。ただ、経験値はまだ圧倒的に足りていないので、もし機会があれば経験を積んでいきたいです」

古川「私は声優の勉強まではしていないんですけど、事前に、色付け前の映像と、監督が仮でセリフを入れてくださったものがあって。それに合わせて練習はしていました。ただ、実際に自分の声を聞きながらやると全然違って......いまだにどんな準備をすればよかったのかと考えることがあります」

ベルリン国際映画祭での印象を語る萩原利久
ベルリン国際映画祭での印象を語る萩原利久

――萩原さんはベルリン国際映画祭に参加されましたが、日本とは違う反応や質問はありましたか?

萩原「実感として、まったく異なる世界に見えました。どちらがいい悪いという話ではなく、映画の捉え方、映画というものの意味が、国や場所によってこんなに違うんだなと肌で感じたんです。質疑応答の場でも、作品内容に触れる質問もありつつ、最初に出た質問が"AIの台頭で俳優や声優がいなくなる未来もあるかもしれないが、あなたはどう捉えていますか"というもので。もちろん考えたことがないわけではないけれど、こういう場で投げかけられた経験はなくて、まずそこが驚きでした。海外では、意思表明や主張を公にする場としての側面が強いのかもしれない、と感じましたね。映画が娯楽であることに加えて、社会的な意味を強く持つものとして扱われているのが、映画祭という場なのかな、と。答えによって次の質問が生まれていく流れも含めて、"この映画はどうだったか"だけじゃなくて、"あなた個人は、どんな意思でこの映画と向き合っているのか"を見られているニュアンスがあって。社会科見学みたいでした」

古川「私も、一昨年フランクフルトの映画祭に行ったときに似た体験をしていて。"この題名についてあなたはどう思いますか"とか、作品そのものにプラスして、"あなたはどういう俳優ですか"というところまで見られている感覚がありました」

萩原「文化の違いは強く感じましたし、映画一つとっても、捉え方や関わり方はいろいろある。経験として、すごく大きかったです」

――本編をご覧になって、率直にどんな手応えがありましたか?

萩原「自分の声がスクリーンから聞こえてくることに、思った以上に違和感がありました。絵があって、そこに自分の声が重なる感覚がむずむずして......慣れるものなのかは、まだ分からないですね。ただ、収録時点では絵が完成していなかったので、完成版を観て"こんな色になるんだと初めて知る部分も多く、それは純粋に楽しみにしていました。特に花火のシーンは、大きなスクリーンで観る価値が本当に高かったです。収録から完成まで、どの過程にも"初めて"があって、すごく面白い経験でした」

古川「見終わったときは圧倒されました。ただのアニメ映画ではないというのが第一印象です。絵の繊細さや美しさ、ユニークな見せ方ももちろんあるんですけど、それ以上に、セリフやテーマで考えさせられるところがたくさんあって。監督がこの物語を作るのに約10年かけたと聞いて、その時間の重みも作品から伝わってきました。監督の哲学が見えるような作品で、そこに自分の声を必要としてくれたことが、すごく光栄だと思いました」

――お二人が演じたキャラクターについてはどのように意識して演じましたか?

萩原「敬太郎は、映画の中での行動そのものも大きいですけど、それを突き動かすのは若さや青さ、狭い社会の中でもがく姿だと思うんです。大人になる過程で、大小はあっても多くの人が経験している部分でもある。反抗的な面も含めて、僕自身もまったく無縁ではないので、遠い存在には感じませんでした。ただ、演じるとなると難しくて。敬太郎は、声変わりをするかしないかくらいの年齢から物語が始まるので、少年らしさと、少しずつ大人になっていく感じを声で表現し分けなきゃいけない。現場でも手探りで、いろんなパターンを試しながら探っていきました」

古川琴音がカオル役を演じる際に意識したこと
古川琴音がカオル役を演じる際に意識したこと

古川「私が一番意識したのは、三人の関係性です。敬太郎は夢に向かって一直線に進んでいく。一方でチッチは現実を見据え、安定した方向へ舵を切っている。その二人の間で揺れているのがカオルで、年齢相応の葛藤がとてもリアルな存在だと感じました。だからこそ、まずは声をあまり作り込みすぎないで挑戦しました。ただ、最初に自分の声を当ててみたときは、声の芝居に不慣れなこともあって、カオルとまったく噛み合わなくて......。そこで考えていた答えを出すというよりも、収録に慣れて自分が自由になったときに自然と出てくるものを大切にしよう、と思うようになりました」

――カオルは常に揺れているけれど、すごくユーモラスでもありますよね

古川「ユーモアがすごくあると思います。日常会話の延長線にある面白さというか、わざと面白く言っているんじゃなくて、この三人だから成立する空気のユーモアなんです。だからこそ、それを自然に出すのが一番難しいな、と感じました」

『花緑青が明ける日に』萩原利久、古川琴音
『花緑青が明ける日に』萩原利久、古川琴音

――飛んだり跳ねたりする動きが多い本作では、疾走感が大きな魅力になっていると感じました。敬太郎とカオルのエネルギーを声で表現するために、収録で意識したことや工夫した点を教えてください

萩原「マイク前なので、できるだけ大きく動きすぎないようにはしていました。ただ、勢いのある場面は、直前に軽く走ったりして、物理的に息を上げた状態で入ったこともあります」

古川「私も体を使いました(笑)。例えば、敬太郎が落ちるのを受け止めるシーンは、自分一人で収録した場面だったんですけど、自分の手をぐっと引っ張ってみたり。そういう動きがあるほうが、考えすぎずにできた感覚がありました」

――四宮監督からは演技面でどんなディレクションがありましたか?

萩原「"今話している、この感じのまま言ってほしい"と言われた記憶があります。声だけになると、きっちり言う方向に寄ってしまいそうなイメージがあったんですけど、とりあえず実写で芝居をしているときに近い感覚でセリフを入れていく、というのは言われました」

古川「物語の転換点になるセリフもあるんですけど、それも"今日の晩ごはん何にする?"くらいのテンションで話せる3人でいてほしいと言われました。あと、最初の監督との打ち合わせで言われたのが、"絵は自分がコントロールできるけど、唯一コントロールできないのが役者の声。そこにキャラクターの心拍を乗せてください"という言葉で、すごく印象に残っています」

――四宮監督は、求める芝居が明確な方なんですね

古川「違うときは違うとはっきりおっしゃいますし、厳しかったです。ただ、怖いという意味ではなくて、それがカオルの声なのか、カオルの気持ちに合っているのかというジャッジがすごくシビアでした」

萩原「でも、やりながら見つけられた瞬間もあったんじゃないかなと思います。とにかくいろいろ試させてもらった感覚があって。僕は声色という意味でも、少年らしさから少し大人になっていくニュアンスまで、どこに着地させるのかを探る作業の中で、監督の中でここだという地点があるので、そこに当てにいくためにいろいろ試しました。しかも、僕らの声を入れてから絵を直した部分もあると伺っていて。繊細でもあり、大胆でもあり、いろんな面を持っている方だなと思いました」

『花緑青が明ける日に』
『花緑青が明ける日に』

(C)2025 A NEW DAWN Film Partners

――作品を見ていても、繊細さと大胆さの両方を感じますよね

古川「本当にそうだと思います。途中で止められないけど、止めて細部を見たくなるシーンがたくさんあって。絵のこだわりもすごいですし、セリフでも心に残るものが多い。監督の考えが散りばめられた作品だなと思いました」

――声優初挑戦を経て、実写のお芝居に持ち帰れそうな発見はありましたか?

萩原「普段、自分がいかにいろんなものを使って表現しているかに気づきました。体も、表情も、セリフも、場所やロケーションも含めて、いろんな要素が重なって表現が成り立っている。逆に言うと、声だけに制限されてみて、"もっとこうできるはず"という伸びしろも見えた気がします。声だけが、ものすごく不便に感じたからこそ、当たり前になっていたことを再認識するきっかけになりました」

古川「声だけに集中する分、自分の声の癖や話し方、息遣いにすごく意識が向き、そこをもっと意図的に使えたら、キャラクターにとって武器になるんだな、という発見がありました。実写だと、その場に行けば自然に分かる距離感や表情に頼れる部分がありますが、頭の中で一から組み立てることで、もっと細かく考えることができるんだな、と実感しました」

『花緑青が明ける日に』
『花緑青が明ける日に』

(C)2025 A NEW DAWN Film Partners

取材・文=川崎龍也 撮影=MISUMI

『花緑青が明ける日に』公式サイト

公開情報

『花緑青が明ける日に』
絶賛上映中