北村匠海×林裕太×綾野剛 映画『愚か者の身分』を経て考える"幸せ"ということ
2025.10.22(水)

映画『愚か者の身分』は、現代日本の見えない闇をリアルに描き出しながら、3人の若者が駆け抜ける"3日間"の逃走劇を、静かで確かなまなざしで切り取った作品だ。
原作は、自身の経験を基に書いた「マルチの子」が各種メディアで話題となった西尾潤のデビュー作「愚か者の身分」。社会の底辺で生きるタクヤ、梶谷、マモル――それぞれの過去と孤独が交差しながら、誰かを思い、誰かに救われようともがく姿には、どこか痛切なリアリティと人間味が宿っている。主人公タクヤを演じるのは、北村匠海。闇の世界に引き入れられ、なおマモルを気遣う複雑な役どころに挑んだ。梶谷役には、存在感と陰りを纏う綾野剛。そしてマモル役には、初々しさと危うさをあわせ持つ林裕太。それぞれが持ち寄った"弱さ"と"強さ"が、作品の空気に静かな波紋を広げていく。
今回は北村、綾野、林の3人にインタビューを実施。絶望と希望が紙一重で交差するこの物語の舞台裏、そして"救い"をめぐる葛藤と現在地を語ってもらった。

――まず、出演を決めた理由についてお聞かせください
北村「決め手は視力を失うという役柄の先に、自分がどんな表現にたどり着くのかを楽しみに感じたことです。僕自身、芝居をするうえで"目"をとても大事にしてきたので、それを失うことで自分にどんな変化が起きるのか、ある種、自分の大事なものをあえて手放したときにどうなるんだろうという自分に興味があったんです。でも、台本を読み解くうちに、生きることをつなぐ物語であり、役者としても"バトンを受け継ぐ"作品だと感じました。最近は自分より若い世代の役者と共演する機会も増えてきて、その中で受け取ったものを、次の世代に手渡していく。今このタイミングで自分がやる意味が、必ずあると感じて出演を決めました」
――実際に、目の見えない状態での芝居はいかがでしたか?
北村「本当に、ほぼ何も見えない状態で演じました。例えば、剛さんとの2人芝居でも、距離感や相手の位置、目の前に何があるのかなど、すべてが手探りなんです。だからこそ、情報は"声"と"匂い"、あとは顔に当たる風くらいしかなくて。芝居の自由度がすごく高くて、ある意味、すべてを剛さんに委ねていました。偶発的な出来事も含めて、現場で起きたことを受け入れる芝居ができたのはとても新鮮でした。普段は人に委ねることが苦手なタイプなのですが、この作品では芝居の中でしっかり甘えさせていただきましたね」
林「僕はオーディションからの参加でした。脚本を読んだとき、根源的な愛や生きるためには何が必要かといったテーマを感じて、すごく面白いなと。そして、北村さんと綾野さんのお2人が出演されると聞いて、この現場で自分も役者として何かを勝ち取りたいと強く思いました」
綾野「この手の作風は、フィクションとして描かれてきた題材だと思います。ただ、時代が進み、いまやリアリティを持って私たちの隣にある問題にもなっている。脚本からもその"深刻さ"を感じました。『役者に何ができるか』はいつも難しい問いですが、"自分も見ていい映画だと思える作品"が一本あるかないかは大きく違う。この作品には、自分、他者や世界ともつながれる、と思わせてくれる力を感じました。映画館で、知らない誰かと時間を共有すること自体が、この作品にとって最後の"共演者"なのです」
――現場の雰囲気や空気感は、どのように作っていかれたのでしょうか?
北村「現場の"接着剤"はタクヤだったと思います。共演者やスタッフさんとどう信頼関係を築き、どういう空気感を生み出すかは自分次第だなと感じていました。スタッフさんは信頼している方々ばかりで、そのうえで共演者の温度や現場の化学反応が、いい意味で爆発していたように思います。剛さんや裕太から何を受け取り、何を手渡すかを常に意識していました。映画の中では原作以上に中心になる役だったので、自分の存在が現場全体の"接着剤"になればいいなと思いながら臨みました」
林「最初は自分が何か"起こさなきゃ"という焦りがあって。でも実際は、この2人の背中を見て、自分を委ねることの大切さを感じました。自分を出しすぎず、先輩方に身を委ねることで、現場での関係が自然に成立していったと思います」
――お2人とも委ねることを意識されたとおっしゃっていましたが、綾野さんは誰に委ねていましたか?
綾野「この2人です。取材を通しても、3人それぞれが言葉を紡ごうとしているのが伝わってきます。林くんが話す言葉は、とてもみずみずしく、僕たちが学べる部分が多い。彼の言葉にどれだけ耳を傾けられるかが重要だと感じています。そして、匠海がタクヤとして全力で委ねてくれたからこそ、梶谷は "人間に戻れた"。この映画は自分の本当の名前さえわからなくなった者たちが、自分の尊厳を取り戻す物語。委ねられることで"生まれ直す"ことができたのだと、試写を観て確信しました」

――共演を通して、お互いに俳優として受けた影響や気づきはありましたか?
綾野「林くんは、その瞬間の体感が感情に直結し、ノーフィルターで芝居しています。今何を感じているか?という漠然を、そのまま芝居という具体へと昇華される、とても魅力的です。匠海は次のフェーズを見据えながらも、今このフェーズを生き抜こうとされていて、今を全力でやりきる、その姿勢が素晴らしいと感じています。役者として鍛錬するという生き方は間違っていないのだと、匠海や林くんの姿勢から再確認させてもらいました」
北村「僕自身も、剛さんのその瞬間瞬間に命を削るような役者としての姿勢に、強く背中を押されました。今をどう生き切るかが映画にも通じていると感じます。裕太については、役の魅力の8割が演技なら、残り2割は"個人の人生"や"個性"だと思っていて、彼はその"2割"が本当にまぶしい。自分や剛さんには出せない"ピュアさ"を持っていて、それがこの映画の根底にある美しさの一つだと思います」
林「僕はこの2人の背中を見て、映画を見て、改めて本当の役者なんだなと感じました。役に対して背負っているもの、責任感が違う。その姿勢に自分も近づきたいですし、役者として、人間としてもっと成長していきたいと思いました」

――それぞれ演じられた役柄について、第一印象やご自身との共通点はありましたか?
北村「タクヤには、どこか"浮遊感"があると思っています。気づくといなくなってしまうような儚さをまとった存在で、でも実際は楽しんで生きているだけで、いなくなるつもりはない。マモルや梶谷の目にタクヤがどう映っていたのか、本当に捉えきれていたのかはわからないけれど、視力を失って視界が見えない中で、自分の存在を証明してくれる"声"のような誰かの存在を感じながら演じました」
林「マモルは生まれ育った環境や理不尽な運命に抗おうとする強さがあるキャラクターです。僕自身も理不尽なことには敏感で、流せない性格なので、そこは似ているかもしれません。ただ、年齢を重ねるごとにしょうがないと受け流す自分に嫌気がさすこともあって...。マモルが"人生を楽しもう"と変化していく姿も、とても素敵だと感じています」
綾野「梶谷は、2人を前にして、一番"生きる実感"を与えられた人物です。役を通じて呼吸の仕方を思い出すような感覚を味わいました。役者は役を愛し、理解者であることが大切だと改めて感じました」

――本作では現実社会の問題や「幸せのかたち」についても描かれていますが、みなさんが"幸せ"を感じる瞬間はどんなときですか?
林「僕は今24歳で、地元にずっと暮らしているのですが、今も中学の同じ部活だった友達とよく集まっているんです。みんな社会人3年目ぐらいで、それぞれ忙しいのですが、週末になると特に目的もなく集まって、ただ近況を話したりするだけの会が定期的にあって。お酒を飲むわけでもなく、ただ喋るだけ。でも、その時間が一番、素の自分に戻れて、幸せを感じます」
――そういう関係性は少し憧れるところもあります
林「僕自身、そういう友達に支えられていると感じます。特にコロナ禍で人と関わる機会が減って孤独を感じたとき、ずっと一緒にいた友達がそばにいてくれたのが、本当に大きな励みになったんです。そういう仲間がいることが、自分が頑張れるモチベーションになっています」
北村「最近、僕が幸せだと感じるのは"理解されること"だなと思うようになりました。今までは"自分を表現する喜び"のほうが先に立っていたのですが、今は自分の表現だけでなく、人間としての部分まで理解してくれる人がいることのありがたさを感じています。役者としても、そうやって理解されてはじめて肯定される感覚がある。例えば、どんな役にも背景があると思うんです。その背景まで理解しようとすることで、自分もそのキャラクターを肯定できるようになる。今、裕太が話していたような地元の友達もそうですし、そういう存在からは絶対に目をそらしちゃいけないなと、改めて思っています。それが、今一番感じている幸せです」
綾野「幸せはある種の"刺激"なのかもしれません。ぼんやりと抽象的で、どこか遥か遠いもののようでもあり、心を確かに強く揺さぶる瞬間の連続ともいえます。この2人と一緒に作品を作ったこと、現場で感じる一つひとつの丁寧な時間、今日この取材の場で2人からもらう刺激もすべて、僕にとっては大きな幸せです。林くんが友達との話を楽しそうにしてくれたり、匠海の考える信念を聞けて、理解されることや誰かを理解しようとすることもまた一つの"刺激"なんだと。その刺激の一つひとつが芝居の神経をも形作っていく、とても大切なプロセスです」
北村「幸せを"刺激"と感じられるのは、大人になった証拠かもしれないですね。思春期の頃って、幸せであることを素直に肯定できなかったり、むしろ痛みや刺激を求めてしまったりする時期が誰にでもあると思います。でも、年齢を重ねていくうちに、その"痛み"の記憶にもう一つ何かが加わって、"幸せ"がやっと感じられるようになる。その両方を知ることで、今の自分があるんじゃないかな、と。剛さんと今こうして話していることも、すごく通じるところがあると思いました」
綾野「実際に現場で目の前で芝居を受けていることが、幸せでした。林くんの芝居も、もっと近い距離で体感してみたいですね」
――最後に、ご覧になる方へのメッセージをお願いします
綾野「この映画は、三者三様の生き方が詰まったヒューマンドラマであり、サスペンスでもあります。3人の男が"どう生きるか、どう生き抜くか"を描いています。ぜひ映画館で『愚か者の身分』という作品を存分に浴びていただきたいです。映画館という空間で、たくさんの方が何かを受け取っていただけたら幸いです」
林「この作品から受け取るものは、絆だったり誰かの役に立ちたいという思いだったり。現実を見すぎて理想を諦めるのではなく、理想を持ち続けて生きることの大切さを、素直に受け取ってほしいです」
北村「一言で『こういう映画です』と言い切れないほど、人生そのものを描いた作品です。現実はときに厳しいけれど、エンタメは逃げ場にもなりうる。映画館という空間で、『愚か者の身分』を観て、何か一つでも持ち帰れるものがあったら、それが正解だと思います」

取材・文=川崎龍也 撮影=MISUMI
【北村匠海】
ヘアメイク=佐鳥麻子 スタイリスト=TOKITA
【綾野剛】
ヘアメイク=石邑麻由 スタイリスト=佐々木悠介
【林裕太】
ヘアメイク=佐々木麻里子 スタイリスト=ホカリキュウ
公開情報
映画『愚か者の身分』
2025年10月24日(金)より全国公開
監督:永田琴
脚本:向井康介
出演:北村匠海、林裕太、山下美月、矢本悠馬、木南晴夏/綾野剛
原作:西尾潤「愚か者の身分」(徳間文庫)
(C)2025 映画「愚か者の身分」製作委員会
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