小林聡美の自然体の演技が心地良い、スローライフな世界観に魅了される映画「めがね」
2025.8.1(金)
唯一無二の個性を放っている女優、小林聡美が主演を務め、もたいまさこ、光石研、市川実日子、薬師丸ひろ子らと共演したのが、とある南の海辺の小さな町を舞台にした映画「めがね」だ。監督、脚本はヘルシンキが舞台の映画「かもめ食堂」(2006年)が多くの観客を魅了した荻上直子。スマホ普及前のデジタル社会が加速し始める中で当時、流行っていた言葉は"スローライフ"(時間を気にしないゆとりある生活)だったが、小林聡美が2作続けて共演することになった本作には慌ただしい現実とは違う不思議な時間軸の中に吸い込まれていく魅力がある。
小林は10代の時にドラマ「3年B組金八先生」で俳優デビュー。その後、大林宣彦監督の"尾道3部作"の1部「転校生」のヒロインで注目を集め、ゆるさが人気のコメディドラマ「やっぱり猫が好き」(小林が三女で、もたいが長女)でブレイクを果たした。肩の力を抜いた自然体の演技が評価されている小林だが、台詞は最小限、間合いや仕草、表情で気持ちを表現する本作でも撮られていることすら意識していないかのような小林の佇まいが素晴らしい。
■小林が演じるのは携帯の通じない町に行きたかった旅人・タエコ
(C)めがね商会
小林が演じているのは旅人のタエコ。服装や重そうなアルミのアタッシュキャリーケースを引きずって空港に着くところから察するに都市から来た女性だ。手書きのシュールな地図を頼りに辿り着いた小さな宿のオーナーは"春先にお客さんが来るのは3年ぶり"というユージ(光石)。そして、タエコと同じタイミングで空港に着いたのが春になると浜辺でかき氷屋をオープンする謎の女性、サクラ(もたい)だ。
いくつもテーブルがあるのに家族のようにユージやサクラと一緒に朝食をとるスタイルや浜辺で子供たちにオリジナルの体操を教えているサクラを見て、居心地の悪さを感じるタエコは頑なな態度をとってしまう。ユージがいない隙にキョロキョロして歩いてみたり、体操に誘われて「まいったな」とばかりに頭に手をやったりと小林の仕草を含めた演技はドキュメンタリーを見ているようなリアリティがある。
時間をもてあましたタエコがここに遊びに来た人たちは何をするのか質問するとユージから返ってきた言葉は「たそがれる?」。ますます困惑したタエコはエメラルドグリーンの海が広がる浜辺で編み物をすることになる。
■タエコがいつのまにか、たそがれる過程に癒される
(C)めがね商会
犬のコージと暮らし、釣った魚や肉で美味しい料理を作るユージ、かき氷に使う小豆を煮ながらタエコに「大切なのは焦らないこと」と意味深な言葉を投げかける菩薩のようなサクラ、学校の先生なのに遅刻ばかりしていて、タエコのことをいろいろと詮索してくるハルナ(市川)、そしてタエコの後を追って宿に辿り着く謎の男、ヨモギ(加瀬亮)。食卓を囲む人数が少しずつ増えていき、気づくとコージ以外は全員、めがねをかけている。ゆったりと流れる時間の中、無愛想だったタエコが少しずつ変化する過程に見る側も頬がゆるむ。
そして、小林のそこはかとないコミカルさは真面目なあまり、オーバーになってしまう体操のシーンで頂点に達する。心がすり減り、トゲトゲした時に絶大な効果を発揮する本作を小林の絶妙な演技とともにゆったりと味わってほしい。
文=山本弘子
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