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前星組トップコンビ・紅ゆずる&綺咲愛里をはじめ、礼真琴、七海ひろきらの演技に注目の宝塚歌劇「霧深きエルベのほとり」('19年星組・東京・千秋楽)

2025.6.26(木)

「霧深きエルベのほとり」('19年星組・東京・千秋楽)は、日本演劇界に多大な功績を残した菊田一夫の作である。初演は1963年。当時のファンから絶大な支持を受け、その後1965年、67年、73年、83年と再演を重ねてきた。2019年版では上田久美子が潤色・演出を手がける。
 
ドイツの港町ハンブルグのビール祭りの夜、荒くれの船乗りカールが良家の令嬢マルギットと恋に落ちる。身分違いの悲恋物の「古き良き」部分を大切に残しつつ、現代の観客の口に合うように見せていく。

トップコンビが共にはまり役である。紅ゆずる演じるカールは、軽口を叩いてお嬢様をナンパする口調に可笑しみがありつつ、でも根っからの悪人ではないことも伝わってくる、見かけは粗野でふざけていながらも内面は一途で真面目、そんな役どころが紅にはよく似合う。

綺咲愛里のマルギットは罪深いほどの無邪気さで、溢れる思いのままに行動することができるお嬢様である。綺咲の愛くるしい雰囲気が、これまたマルギット役によく似合っている。

そして、マルギットの許嫁フロリアンを演じているのが、現在の星組トップスター・礼真琴である。マルギットへの想いを心に秘めながらも、彼女とカールとの恋を応援してしまうというフロリアンには「現実にはいそうもない理想的すぎる男性。良くも悪くもタカラヅカの典型的二番手役」というイメージがあった。だが、2019年版で改めて見ると、上流社会の古い価値観やしがらみに、彼なりの誠実さと理性で向き合いつつ思い悩む様にリアリティがあり、血の通った人物に思えた。礼真琴が男役スターとして一皮向けていく姿が、この役を通して見えた気がした。

頑なな父親ヨゼフ(一樹千尋)、酒場の女ヴェロニカ(英真なおき)、粋な宿の主人ホルガー(美稀千種)など、物語を支える魅力的な脇役たちは今回も健在だ。 

その中で唯一といってもいい新キャラクターが、カールに憧れ船乗りを目指す少年ヨーニー(天飛華音)だ。子どもならではの真っ直ぐな目からしか見えないカールの姿を浮き彫りにすることが、この役を新たに加えたねらいではないかと思う。

カールの仲間の船乗りたちが、演じ手に合わせて当て書きされており、歌舞伎の「白浪五人男」風に名乗りを上げるシーンも楽しい。熱血漢で喧嘩っ早いマルチン(瀬央ゆりあ)、お人好しのエンリコ(紫藤りゅう)と弟のリコ(天華えま)、常にマイペースなオリバー(麻央侑希)、とりわけこの公演で退団した七海ひろきのトビアスに、はなむけ的な見せ場が設けられているところが心憎い。重くなりがちな物語の中で、船乗りたちの場面の明るさはホッと一息つかせてくれる。

悲恋物なのに観終わった後は不思議と心が温かく、清々しい気分になれる。それはおそらく、登場人物たちに共通する心のありように一筋の希望が感じられるからではないか。この物語では誰もが自分の幸せより誰かの幸せのために行動する。この作品は「大切な人の幸せを願う気持ち」がぶつかり合う物語なのだ。

文=中本千晶

放送情報【スカパー!】

霧深きエルベのほとり ('19年星組・東京・千秋楽)
放送日時:2025年7月22日(火)18:30~
放送チャンネル:TAKARAZUKA SKY STAGE
※放送スケジュールは変更になる場合があります